30cmの差
「ヒューベルト」
ついに業を煮やしたエーデルガルトはもたれ掛かっていた男の広い胸から顔を上げ、従者の名を呼んだ。
「はい、何でしょう。エーデルガルト様」
男は平素と変わらぬ様子で主を静かに見下ろしている。しかし、口の端がわずかに吊り上がっていて、この状況を面白がっていることが知れた。
彼女は柳眉を逆立てて長身の従者を睨み上げる。腕を伸ばして男の頬に手を添え、手袋を嵌めたままの親指で彼の薄い唇をそっと撫でた。
「くすぐったいですよ、エーデルガルト様」
彼女が何を求めているかわかっているだろうに、それをくれようともせずにくつくつと喉の奥を鳴らして笑うばかりだ。
「そう……」
エーデルガルトは早々に諦め、溜め息を零して目を伏せた。男の頬に触れていた手も力なく落ちる――そのすんでのところでやんわりと手首を捕らえられた。いつの間にか後ろに回っていた腕によって小柄な身体が引き寄せられた。
「んっ……」
背の高いヒューベルトが、身を屈めて彼女の唇に己のそれで触れていた。
触れ合った唇はすぐに離れていってしまう。エーデルガルトが見上げると、男の顔をした従者が嗤っていた。
「お嫌でしたかな?」
否、という答えしかないと、わかっているくせに。
「貴方、本当に意地が悪いわね」
「よくお分かりで」
精一杯の当て擦りも、この男にとってはそよ風のようなものでしかない。
「ええ。そんなこと、ずっと昔から知っているわ」
エーデルガルトとヒューベルトの視線が絡み合う。お互いに小さく笑い、彼女が菫色の瞳を閉ざすと、今度はあっさりと唇が重ねられた。それはすぐに深いものとなる。
「――本当、にっ……貴方ったら、意地が、わるっ、い……わ……」