凍てつく夜、交わす熱 - 2/2

 後ろ手に扉を閉ざした途端、髪を隠していた帽子を脱ぎ捨ててエーデルガルトがしな垂れかかってきた。
 窓に掛かる厚い帷帳によって閉ざされた皇帝の私室。使用人が火を入れておいたのだろう、赤々と燃え盛る暖炉の炎に照らし出され、情欲に溶けて潤んだ瞳が闇の中にぼうと浮かび上がる。

「今宵はずいぶんと積極的ですな?」
 ヒューベルトもまた手袋を外してそれを床に落とし、慎重な手つきで彼女の結い上げた髪を解いた。さらりと銀色の髪が流れいく。次いで、素手となった指先で耳の形を辿り、白い頬を撫でた。
――悪い?」
 欲しいものをすぐにはくれない従者に、エーデルガルトは唇を尖らせる。
 勿体ぶって、わざとゆっくり指先を頬から頤へと滑らせていくが、菫色の瞳が険を含むのを見て、静かに笑った。
「いいえ」
 近づいてくる顔に彼女も満足そうに笑み、目を閉じる。

……んんっ」
 先ほどは彼女の好きなようにさせたが、今度はそのお返しとばかりにヒューベルトの方が主導権を取る。差し入れた長い舌の先で歯列を擽り、咥内を隈無く愛撫して彼女の身体の奥底から快楽を引きずり出す。
「あっ、はぁっ……んっ……
 自身にしがみつき、与えられる口づけを夢中で貪っている彼女を寝台へと誘うつもりのヒューベルトだったが、あるものが目に入って気が変わった。

――エーデルガルト様」
 ちゅっ、と音を立てて唇が離れていく。失われた熱を追いかけるようにエーデルガルトが目を開くと、悪戯めいた光が踊る瞳とぶつかった。
「どうぞ、こちらへ」<
 恭しく手を取り、ヒューベルトは彼女を壁に掛かった鏡の前に立たせた。全身が映る、大きなものだ。

「どうしたの?」
 鏡の中にも、不思議そうに首を傾げるエーデルガルトがいる。その背後に立ったヒューベルトは、彼女が着ている外套の釦を外し、さらにその下のブラウスの襟元に結ばれたリボンタイをも解いてしまった。そして、寛げられ、晒された肌を大きな手でするりと撫でた後に、そこへ唇を寄せて吸い付いた。
「ひゃっ……! 待ってっ……待って頂戴っ!」
 慌てた声が上がる。身体を捩ろうとするも、後ろに立つヒューベルトによって腰をがっちりと固定されて、それは叶わない。
 重たい音を立てて外套もまた絨毯の上に落とされた。

「あぁっ、んっ……!」
 服の上から胸の頂を摘ままれ、自身のものとは信じ難いほどに甘ったるい声が出てしまう。腹の奥底から痺れにも似た感覚が背筋を伝って駆け上っていった。足下から力が抜けていく。後ろからヒューベルトが支えていなければ、その場に崩れ落ちてしまったことだろう。
「エーデルガルト様」
 己の名を呼ぶ低い声に、反射的に鏡に映っている男を見た。それと同時に、彼の腕の中にいる溶けた顔つきをした自分の姿まで目に入ってしまい、慌てて顔を背ける。
 耳元でくつくつと喉を鳴らす笑い声が起こった。

「目を逸らしてはなりません。鏡を見て――ご自分の姿をご覧ください
 彼女にとっては耐え難いことを要求してきた男は、すべらかな頬に手を添え、そっと優しく鏡の正面と向き合うように直してしまうのだった。そして、腰にあった手が這い上ってきて、服の下に潜り込む。つい先ほどとは違って直接指に触れられ、胸の突端を捏ねられる。堪らず腰が揺れ、またも嬌声が迸る。

「やぁっ……! はっ、んんんっ……
 突然にくぐもった声に鏡に映る彼女の顔を見遣れば、淡く色づいた下唇に白い歯を立て、声を抑えようとしているらしい。
「ああ、唇を噛んではなりません――エーデルガルト様。傷ついてしまう」
 男の長い指が唇に触れる。噛むのを止めさせようと歯の下に潜り込んできた指先を、エーデルガルトはちゅう、と吸い上げた。

 ヒューベルトが笑ったのを、空気の振動が伝えてきた。彼女はぼんやりとした瞳を目の前の鏡に向け、そこに映る男の口角が上がったのを見て取ると、もう一度舌で舐め上げる。彼女の行動にヒューベルトはさらに深く指を指し入れて、ざらりとした舌を擽るのだった。
「んんっ、ふうっ……む、ううっ……

 もう一本指を足し、二本の指をばらばらに動かして、エーデルガルトの咥内を犯す。胸に悪戯を仕掛けていた方の手はゆっくりと降りて、平らかな腹の上で円を描くように動く。さらに先ほどから揺らめいている腰を、尻を撫でて、彼女の秘められた箇所へと辿り着いた。下着の上から秘裂を撫でると、そこは溢れ出た蜜を存分に吸って、しとどに濡れている。

「ずいぶんと濡れていますな」
 わざと言葉にして指摘してやると、白磁の肌を朱に染めて、彼女はゆるやかに首を横に振る。
 その箇所の形を露わにするかのように、繊細な生地の上から指を前後に動かして、撫で擦る。ぞくぞくする快感が身体の芯から背中を駆け抜けていく。エーデルガルトは自身の身体を緩やかに閉じ込めている男の腕に縋りつき、掴んだ。
「んんんんんぅ――!」
 ついに下着の中に入り込んだ手が、彼女の最も感じる花芽を二本の指で挟むように捏ねた、その瞬間。彼女の中で何かがぱちんと弾けた。鮮烈すぎる快感を堪えきれず、咥内にあって彼女を翻弄していた男の指に歯を立ててしまったのだった。

 愉悦に浸って溶けていた瞳が、突如醒めたように焦点を結ぶ。罪悪感でいっぱいになった目を向けてくる、鏡の中の主に対して、ヒューベルトは宥めるように落ち着き払った声で囁きかけた。
「構いません。貴方様が気になさることではありません」
 それでも怯えたような目をしている主に、彼は苦笑を浮かべながら彼女の口の中から指を抜き取った。
――あっ、はぁっ……。ヒュー、ベルトッ……
 エーデルガルトは一度極めてくたくたと力の抜けた身体を、背後に立つ男に預けた。

「お願い。寝台に――
 今にも掻き消えてしまいそうな声が、腕の中から聞こえてきた。
「そこで続きをして? 貴方だって……
 確かに、主のしなやかな身体はそこに触れていた。彼女の艶めいた声に、着衣を乱されて覗く肢体に、ヒューベルトの欲望も膨れ上がっている。
「仰せのままに」
 彼はそう答え、主の望みを叶えるべく部屋の奥へと向かった。

 帷帳の向こう側で静かに雪が降り始めたことを、二人は知らない。
 途切れ途切れに聞こえてくる密やかな声が、夜のしじまを震わせるのだった――