想いは降り積もる雪のように

「よくぞ、あの者の天帝の剣を受けてこの程度の怪我で済みましたな。さすがはエーデルガルト様」
 帝都アンヴァルの宮城。皇女――いや、皇帝エーデルガルトの居室。寝台に腰を下ろした彼女の肩口に、ヒューベルトは手際よく包帯を巻き付けていた。

 ガルグ=マク大修道院の聖墓、そこでの戦闘で負った傷だ。
 治療そのものは白魔法が得意な者に委ねたが、傷の最終確認は従者であるヒューベルトが行った。治療を行った者の白魔法の腕は確かだったようで、やがて傷は完治するだろう。

 彼は主に制服の上着を着せかけた。そして、包帯を巻くために外していた白い手袋を填め直す。
 ――制服、か……。
 エーデルガルトが上着に袖を通している衣擦れの音を耳にしながら、己の着用している士官学校の制服を見下ろした。これを着るのも今日この日が最後だろう。この先、自身がこの制服を纏うことは二度とない。『卒業』ではない。主と彼は、士官学校を擁するセイロス聖教会を敵に回し、帝国貴族の子弟達が多くを占める級友達と、そして一年近くの間二人を教え導いた、あの傭兵上がりの教師とも袂を分かったのだ。

「心にもない世辞はやめて頂戴」
 主の白い顔は青ざめているように見えたが、それが傷に因るものではないことは、たった今彼自身が確認をしている。
「これはこれは。失礼をいたしました」
 ヒューベルトは胸に手を置き、主をからかうかのような慇懃な仕草で腰を折ってみせたが、エーデルガルトの表情は硬いままである。

「ガルグ=マクからここアンヴァルまで強行軍でしたからな。今宵はゆっくりお休みください。明日はいよいよ――この世界の支配者に宣戦布告を叩き付けてやるのですから」
 ヒューベルトはうっすらと笑うと、もう一度一礼して部屋を出ていこうとした。
「たとえ独りになっても進むと決めたけれど、独りになりたかったわけではない……」
 主の低い声が、男の足を止めた。

「私がいる限り、エーデルガルト様はお独りではありません。その点はお忘れなく」
「え? ああ……そうね。貴方がいるわね」
 彼女らしくないぼんやりとした口調は気にかかるが、ヒューベルトは気づかなかったふりを通して、くつくつと笑ってみせた。
「まさか、お忘れとは寂しい限りですな」
「そうじゃない。そうではないの、ヒューベルト」
 迷子になった子どものような目で、エーデルガルトが見上げてくる。

「ならば結構です。今は休息を取ってお身体の回復に努めてください。明日からは忙しくなりますからな」
「ヒューベルト……!」
 背中に軽い衝撃があり、ヒューベルトは再び扉に向けて動かした足を留められた。後ろからエーデルガルトが抱きついてきたのだ。
「何のお戯れですかな? それとも、昔のように一人で眠るのが寂しいと、我が儘を仰いますか」
 彼女が王国へと亡命するよりも前のこと。幼い皇女は従者の少年に、ひとりぼっちの夜は寂しいと駄々をこねたものだ。

「……ええ、そうよ」
 顔を男の背に押し付けているのだろう。くぐもった声が聞こえてきた。
「独りでは寂しいわ。だから貴方もここにいて。……朝まで」
「言っておきますが、私はもうあの頃の少年ではありませんよ。一晩貴方様と共に過ごして、何もしないなどという保証はできかねます」
「そのつもりで言っているわ」

 前へと回されたしなやかな腕。細い指先が、男の胸の辺りをさまよう。拙いながらも精一杯の誘惑。ヒューベルトはそれに気づかぬほど鈍感な男ではなかった。
「さっき、貴方が言ったじゃない。私は独りではないと、貴方自身がその身をもって証明してみせて」
「お怪我に触ります」
「平気よ」
 抱きつく力が強くなった。男の背にやわらかいものが押し付けられる。

 ヒューベルトは主の腕をそっと解いた。そして振り返り、彼女と相対する。菫色の瞳と金色がかった瞳が絡み合った。
「後悔をなさいませんか?」
「私は自分の選択に後悔などしないわ。今までも、これからもね」
 先ほどとは違う、はっきりとした声だった。
 男はふっと息を吐き出し、口角を吊り上げた。
「承知いたしました」

「……あっ、また――ッ!」
 エーデルガルトの切羽詰まった声が上がる。
 寝台の縁に腰かけた彼女は両足を大きく左右に広げ、その間でヒューベルトは跪いていた。上半身の制服の上着は釦を外されただけだというのに、短い下衣や腿の辺りまである赤い靴下は毛足の長い絨毯の上に打ち捨てられていた。下着さえも取り払われ、エーデルガルトは従者の目の前ですべてを曝け出していたのだった。

 床に脱ぎ散らかした赤い靴下の上には、白い手袋も放り出されている。ヒューベルトがいつも身につけ、つい先ほど填め直したものだ。手袋を外した指で、彼はエーデルガルトの秘所を愛撫しているのだった。
「ここで達することができるようになりましたな」
 従者の言葉など聞こえていないかのように、彼女は首を横に激しく振る。

「あっ、ダメッ、ダメ――なのっ……!」
 初めての彼女は、迫り来る圧倒的な快感に酔うよりも、まだ恐れを感じているらしい。
「大丈夫、駄目ではありませんよ。そのまま快楽に身を任せればよろしいのです」
 そう言うなり、彼は舌を出して主の花芯をつついた。
「ヒュー、ベルトッ……!? 何を――!」
 エーデルガルトの菫色の瞳が最大限に見開かれた。そこから金剛石のような雫が一粒、すべらかな頬を転がり落ちていく。
「アアア――……ッ」

 一際高い啼き声を上げ、足の爪先がピンと伸びる。次の瞬間彼女の身体は一気に弛緩したのであった。
「申し訳ありません、エーデルガルト様。貴方様を泣かせるつもりはありませんでした」
 従者は珍しく眉尻を下げ、主の顔を見上げた。今は跪いている彼を、エーデルガルトが見下ろすかたちとなっている。ヒューベルトは懐から清潔な手巾を取り出すと、主の目元を拭ってやるのだった。

「え? 私……、泣いて――?」
「貴方様に慣れていただくため――とは申せ、些か性急すぎましたな」
 従者の顔に自嘲の笑みが浮かんだ。この行為は自身が強く望んだことで、彼にそのような顔をさせたくはなかった。

「ヒューベルト」
 エーデルガルトは自ら両足をさらに大きく開き、溢れかえった愛液でてらてらと光る秘所を見せつけるような姿勢を取る。
「私なら大丈夫よ。来て……私に貴方を感じさせて。貴方のすべてを私に頂戴」
 無垢な少女から妖艶な女への変貌。ヒューベルトは小さく息を呑んだが、すぐに表情を改めた。
「畏まりました。とはいっても、とうの昔から私のすべては貴方様のものなのですがね」