五つの夜を数えて

第一夜

 大樹の節。草木が芽吹き、フォドラは新しい年を迎える。
 新年の祝いも一段落して十日と少し過ぎた晩のことである。宮城の一角、宮内卿の執務室では短くなった蝋燭の灯りが揺らめき、静寂の中に紙を捲る音、羽筆ペン先が文字を綴る音が聞こえてくるのであった。

 執務机に向かう男の手が不意に止まる。そして顔を上げるのと同時に、扉が音も立てずにゆっくりと開いた。
「エーデルガルト様」
 ヒューベルトは、開いた扉の隙間からするりと忍び込んできた人物の名を呼んだ。それは、この男の主にしてアドラステア帝国皇帝、フォドラに君臨する女帝であった。ただし、今の彼女は燃え上がる炎の色の装束ではなく、白銀の髪も解いて、年相応に見えた。

「呆れた」
 エーデルガルトは両手を腰に当て、男を軽く睨む。
「やっぱりここにいたのね。貴方の部屋よりも先にこちらに来て正解だったわ」
「どうかなさいましたか、エーデルガルト様? 何か火急の用件でも?」
 そう言いながらも、ヒューベルトの口調には余裕がある。主の寛いだ様子からも、皇帝としての彼女が宮内卿の元を訪れたのではないと知っていたのだった。

「あら。用がなければここへ来てはいけないと?」
 女は猫のように目を細め、紅を刷いていない唇の両端を吊り上げた。先ほどまでの表情とはくるりと一変する。ヒューベルトもまた口元にわずかな笑みを刻む。
「貴方の訪いを阻む扉など、このアンヴァルの宮城にはございませんな」
 男はエーデルガルトの手を取り、その指先にそっと薄い唇を寄せた。彼女はくすくすと笑う。

「今宵はもう仕事はお終い。どうせ今すぐにやらなくてはならないものではないのでしょう? ほんの少しの時間も無駄にしたくないと根を詰めるのは貴方の悪い癖よ」
「ですが……、む――」
 ヒューベルトの唇に、彼女の人差し指が押し当てられた。
「それとも、私と共に過ごす時は貴方にとって無駄な時間なのかしら?」
 艶然と微笑むエーデルガルトに、男は肩を竦めた。
「意地の悪い仰りようだ。否という答えがあろうはずもないのに」

 ヒューベルトは広げていた書類を執務机の抽斗に仕舞い込んで立ち上がった。そうして、主を続きの間へと誘う。すぐ隣の部屋には彼が仮眠を取る簡易的な寝台があった。
「待って」
 自身の唇に口づけしようとした男を、エーデルガルトは制止した。
「今日は駄目」
「今日は?」
 怪訝そうな顔つきをするヒューベルトに、彼女は楽しそうに笑った。

「そうよ。今日から五日間をかけて抱き合うのよ。一日目の今夜は口づけはお預け。ただ抱き合って互いのぬくもりを感じるの」
「ほう? ずいぶんと面白いことを仰る。どこで仕入れてきたのですかな」
 探りを入れると、それまで余裕を見せていたエーデルガルトの表情が揺らいだ。

「……どうだっていいでしょう。ほら、服を脱いで」
 ヒューベルトはそれを見なかったふりをすることにした。それよりも主の言葉に気を取られたのだった。
「脱ぐのですか?」
「そう。そうやって心も身体も緊張から解き放つんですって。貴方、ついさっきまで仕事をしていて、身体が凝り固まっているのではなくて?」

 エーデルガルトは上背のある従者を軽く睨め付けた。当の従者は苦笑をするばかりである。
「まだ仰いますか。まあ、いいでしょう」
 ヒューベルトは躊躇う様子も見せずに自ら衣服を脱ぎ始めた。その潔さに、エーデルガルトは呆気にとられる。細身ではあるが、衣服の下からは存外筋肉のついた裸身が現れた。燈火の下に晒された身体に彼女はそっと視線を逸らす。しかし、そのわずかな動きも従者は見逃さなかった。

「何故目を逸らすのです? 脱げと言ったのは貴方様ですよ。それに、何度も見ているでしょう。今更何を恥ずかしがっているのですかな」
 くつくつと喉の奥を鳴らして笑う男に、エーデルガルトは柳眉を逆立てた。
「面白がっているでしょう、貴方。ええ、そうよ。今更よ」
 従者に続いて、彼女も勢いよく服を脱ぎ捨てた。やわらかな生地の夜着を床の上に落とし、一糸纏わぬ姿で男の目の前に立つ。胸から腹にかけて皮膚の色が変わった傷痕がある。エーデルガルトはその傷痕すらも曝け出した。頭のてっぺんからつま先に至るまで。男の強い視線がまるで舐めるようにゆっくりと女の裸身を辿る。

「なによ、じろじろと見て。貴方だって何度も見ているじゃないの」
「ええ。ですが、馴れるということはありませんからな」
「もう。黙っていて」
 エーデルガルトは簡素な寝台に乗り上げると、従者にも自分と向き合って座るように指示をした。
「こうして見つめ合うの。しばらくの間は触れ合うのもなしよ」
「それはまた。苦行ですな」

 そう口にしながらも余裕のある態度の男が憎たらしい。だが、ヒューベルトと見つめ合っているうちに別の感覚が腹の奥底から迫り上がってくる。触れ合ってはいけないと思えば思うほど、彼に触れたくなる。そして、彼に触れて欲しいという気持ちもまた高まってくるのだ。彼の言った、苦行という言葉がエーデルガルトにとって冗談ではなくなってきた。

「ねえ、ヒューベルト」
「何ですかな、エーデルガルト様」
 名を呼ぶとすぐに返事が返ってくる。
「ふふ、ただ呼んだだけよ」
 主の言葉にヒューベルトは気を悪くする様子もなく、珍しく優しい表情を見せた。
「おかしな方だ」

 しばらく経って、エーデルガルトはその身を横たえて、掛布を引っ張り上げた。
「今夜はここで休むわ。明日はもっとゆっくり過ごしたいから、貴方の部屋でね。いつまでも執務室にいては駄目よ」
 ヒューベルトもまた、彼女の隣に潜り込む。

 小さな欠伸を噛み殺し、エーデルガルトは男の広い背中に腕を回した。互いの肌が触れ合い、温もりを分け合う。
 健やかな寝息が聞こえ始めた頃、ヒューベルトも主に倣って目を閉じる。連日の疲れのためか。それとも、肌に直接触れる温かさ故か。彼もすぐに眠りに落ちていったのである。

第二夜

「んっ……あっ、ふうんっ――、はっ、ヒュー、ベルトったら……!」
 寝台の傍らに置かれた燭台の炎が作り出す、二つの影が絡み合う。
 女が男の名を呼ぶ声は熟れた果実のように甘い。

「エーデルガルト様、何か?」
 それに応える男の声は掠れ、その低く色めいた声音がエーデルガルトの胎の内に響くのだった。
 昨夜は封じられていた口づけがこの夜は許され、ヒューベルトは彼女に息つく暇さえ与えずにその唇に啄むような口づけを繰り返した。

「何か、じゃない、わよっ……! あんっ――、舌は入れちゃ、だ、めっ……」
 尖らせた舌先で上唇と下唇の隙間をちろちろと舐められ、エーデルガルトはそれ以上の侵入を拒んだ。
「難儀なものですな」
 ヒューベルトは口先だけでそう嘯き、女の唇を解放した。エーデルガルトがほっと息をついたその瞬間、くるりと視界が反転して彼女は小さく叫んだ。

「ひゃっ!? 何っ――?」
 ヒューベルトが彼女の身体をうつ伏せにさせたのだ。その上に男はのしかかる。
「他のところは触れても構わないのでしたな?」
 口づけも愛撫も今夜からは構わない。ただ、互いの秘部に触れるのは五日目だけなのだとエーデルガルガルトは告げたのだった。

「え、ええ、そうよ」
 彼女は後ろを振り返って頷く。情欲に揺れた金の瞳が彼女の視線を受け止めた。そして、彼女の手を包み込むように従者の大きく、節くれ立った手が重ねられ、指が絡められた。
「あんっ……!」
 高い声が上がり、白い肢体が跳ねる。ヒューベルトが耳朶を甘く噛んだのだった。

「おや。いつもより声が大きいですな」
 二人きりの寝所で誰に聞かれることもなかったが、抑えた声が耳に吹き込まれる。その秘密めいた行為と、少し掠れた声音に、ぞくぞくとした快感が臀部の奥の辺りから背筋を伝って一気に駆け上がっていく。
「そ、んな、ことっ……、ぅんっ――!」
 エーデルガルトの否定する声は小さく、頼りないものだった。尖らせた舌先を耳に差し入れられて、また声を上げてしまったのだから説得力はない。

 絡め合っていた手が解かれる。
 ヒューベルトの手が慎重に動いてエーデルガルトの長い髪を掻き分け、露わになった背に口づける。
「あっ、あ、んっ、そこっ……!」
 思わず声を上げてしまってから、エーデルガルトは軽く唇を噛んだ。自分でも驚くほど高い啼き声。まるでもっとと強請るかのような濫りがましさが恥ずかしい。

「ふむ。ここがよろしいのですな?」
 まるで書類の内容を確認するような口ぶりで主に声をかけると、答えも待たずに再び口づけた。一度だけではない。二度、三度と執拗に、唇と舌でもってエーデルガルトのすべらかな背を愛撫する。
「ふぁっ、んんっ……あ、あんっ――、ダメッ、あ、イ、イ……!」
 主の背中に口づけの雨を降らせるヒューベルト。彼の鼻先が掠め、熱い吐息が肌を擽る。
(ヒューベルトも、感じて、いる、の……? あっ、アアア――!)

 男の愛撫によってどんなに高められようとも、それ以上先へは進めないというもどかしさから、より一層、狂おしいほどに気持ちが昂ぶっていく。
「――エーデルガルト様」
 情欲の滲む低い声がどこか遠くに聞こえた。
「その声、は……ずるい、わ――」

第三夜

「エーデルガルト様」
 皇帝の執務室に黒ずくめの男が姿を現した。
「ああ、ヒューベルト。今日はずいぶん遅くなったわね。貴族達がしつこくて」
 執務机に向かっていたエーデルガルトは、少し疲れた表情を見せながらも苦笑した。こんな表情を彼女が曝け出すのはごく限られた人間だけだった。

「お疲れ様でした。ところでエーデルガルト様」
「何?」
「先日、ガルグ=マクの方へ視察に向かわれた際、地下の書庫で何やら熱心に読みふけっていらっしゃったとか」
 従者の言葉に、エーデルガルトの白い顔がさっと朱に染まる。

「どこから、そんなことを聞いたのよ」
「そんなことはどうだってよろしいでしょう。それで、です。あの書庫にはずいぶんと怪しげな書物もありましたな」
 彼女は盛大な溜め息をついた。
「察しが良すぎるのも考え物ね」
 そう呟くと、エーデルガルトは机の抽斗から一冊の書物を取り出して机の上に置いた。懐に収まりそうな小さなものだ。

「遠い遠い――ブリギットよりもさらに遠くの小さな島々が集まった国に伝わる作法のようよ。……その、閨での」
 ヒューベルトはその書物を手に取ると、頁を捲ることもせずに元に抽斗に仕舞い込んだのである。
「ヒューベルト……?」
「今宵は三夜目でしたな」
 男は喉の奥を鳴らして笑った。

「私もその作法とやらに興味がありますので。早速昨夜の続きとまいりますか」
「でも……私、まだ湯浴みが」
 慌て出すエーデルガルトに対して、従者はどこまでも平然としていた。
「それは私も同じです。どうせなら湯殿で、というのはいかがですかな」

 歴代の皇帝のために宮城内に設けられた湯殿は、色鮮やかな陶板タイルが貼られた見事なものだった。広さも充分にあり、エーデルガルトとヒューベルトが共に湯船に浸かっていても有り余るほどのものだった。
「あっ……んっ……」
 甘い吐息が零れ落ち、湯殿に反響する。寝所とは違う声の響き方に、エーデルガルトは驚いたように目を見開いた。
 口づけを中断させられたヒューベルトもまた、ゆっくりと目を開く。

「どうしましたか、エーデルガルト様?」
「んっ……、声が響いて恥ずかしいわ」
 温かい湯のせいばかりではなく顔を赤らめた彼女は、ヒューベルトの視線から逃れるようにわずかに顔を背けた。そんな仕草も男の劣情を煽るのだと、彼女は知らない。長い髪を後頭部でまとめているために露わになったうなじの白さが目に眩しい。

「ここにいるのは貴方様の他には私だけです。私以外に聞く者はないのですから、どうでもいいことでしょう」
 すると、エーデルガルトはぷい、と横を向いた。
「貴方だから、恥ずかしいのよ。こんな声」
 ヒューベルトはくつくつと笑った。湯の表面に漣が立つ。
 男の大きな手が伸びてきて、そっぽを向いたままのエーデルガルトの頬に添えられた。頬から顎にかけてわざとらしいほどにゆっくりと指先をすべらせる。エーデルガルトはけぶるような菫色の瞳を細めた。

「こんな声とは?」
 ヒューベルトは女の唇を啄んだ。
「ふぁっ……、んんっ――。だから、こんな……っ!」
「とても良い声ですよ。私には、美しい声で鳴く鳥の音よりも甘美に聞こえる――」
 彼はエーデルガルトの下唇を軽く食み、それに応えるように彼女が薄く口を開くと、するりと舌を忍び込ませた。

「あっ――、はぁっ……。んっ……!」
 ヒューベルトは舌先を器用に動かして女の咥内を優しく愛撫していく。彼から与えられる快感に陶然となったエーデルガルトは、男の首に腕を回した。そして自ら舌を差し出して摺り合わせた。
「はっ、ふっ……」
 息を継ぐ合間に、ヒューベルトの熱い吐息が彼女の耳朶を擽る。昨夜は執拗に責められた場所だったが、今のは意識したものではないようだ。

「ね、え……。ヒューベルトも――、感じている?」
「ええ、もちろんです。貴方様に触れ、貴方様の声を耳にして、私が冷静でいられるはずはないでしょう?」
「ほん、と……口だけは、上手いのよ、ね……。――あんっ!」
 深い口づけと同時に背をするりと撫で上げられて、エーデルガルトは身を仰け反らせた。

「口だけとは残念ですな」
 ヒューベルトは唇の両端を吊り上げて主を見下ろした。濡れた前髪から覗く金の瞳が獲物を狙う獣のように光る。
 それからしばらくの間、湯殿には艶めいた嬌声が響き渡ったのである。

第四夜

「ようやく、あと一日というところまで来たのね」
 長い足を投げ出して寛ぐヒューベルトの上に乗り上げ、エーデルガルトは男の襯衣シヤツの釦を一つずつ外していた。胸元をはだけると、彼女は猫のように目を細めて笑った。
「今日は私が――」
 そう言うなり、エーデルガルトは胸の突端をぺろりと舐め上げた。

「うっ――」
 まるで痙攣のように男の身体が大きく波打った。これまで幾度も夜を共に過ごしたが、彼がここまで強い反応を示したのは初めてだった。三日かけて官能を高めてきたからであろうか。わかりやすい反応に、彼女は新しい玩具を貰った子どものように瞳を輝かせる。
「ふふっ」
 襯衣を取り払って放り出すと、エーデルガルトはうっすらとではあるが筋肉のついた腕を撫で上げた。

「はっ……!」
 それだけのことでも男は熱い吐息を吐き出す。
「撫でただけよ?」
 ますます楽しくなってきたのか、彼女は声を上げて笑った。
「あら、駄目よ」
 すっかり主導権を握られているのが面白くないのか、ヒューベルトの手が女の腰、薄い夜着越しに添えられたが、エーデルガルトはその手を払い除ける。そして、再び広い胸に顔を寄せると、男の顔を見上げた。見せつけるように舌を出し、その突端を殊更ゆっくりと舐め上げた。もう一方は指先でくるくると円を描くように捏ねくり回す。

「くぅっ――」
 ヒューベルトは目を閉じ、唇を噛んで押し寄せてくる快感に耐えている。うっすらと赤らんだ顔は色香を湛えていて、エーデルガルトの胸を高鳴らせるのだった。
「貴方のその表情、とてもいいわ」
 昨夜までのお返しとばかりに、男の耳元で囁きかける。

 胸の突端を上下の唇で挟み込んで軽く引っ張ったり、脇腹や引き締まった腹に掌を宛てて撫で擦る。自身の一挙手一投足に反応を示す男の姿態に、彼女の身の裡にもまた熱が籠もる。
 ふと、下衣に包まれたままの長い足に目をやる。ゆっくりと視線を動かし、やがて足の付け根、その間に到達する。そこに触れることが許されるのは明日だ。けれども触れたくて堪らない。明日までの我慢だと思うとより一層焦燥が募っていく。

「明日が待ちきれないわ」
 男の胸にもたれ掛かり、その肌を愛撫しながらエーデルカルトは熱く、甘い息をつく。
「え、ええ……、私、も――です、よ」
 ひどく掠れた声が耳朶を擽る。女の唇が笑みを刻む。
「でも、今日という日も楽しみましょう?」

第五夜

「エーデルガルト様」
 扉が閉まった瞬間、エーデルガルトの身はヒューベルトの腕の中にあった。
 二人とも政務を終え、待ちに待った五日目の夜の訪れである。
「あんっ、待って……。急いては駄目よ」
「はっ、そうでしたな」
 ヒューベルトは苦笑した。理性の制御には長けているつもりだったが、自身の寝所で主と二人きりになった途端、その箍が外れかけてしまったのだ。これも四日かけて官能を高め合ったせいだろうか。

「ちょっと、そう言いながら……何をしているのよ」
 額、瞼の上、鼻の頭、頬に――。ヒューベルトは啄むような口づけを繰り返していた。
「あっ、ふぁっ……、はっ、んんっ――!」
「構わないでしょう? 貴方様も満更ではないご様子だ」
「んっ……、それ、は――否定しないけれ、ど」
 二人は互いに服を脱がせ合い、揃って広い寝台に沈み込んだ。

「すでに、こんなに濡れていますな」
 男の指先が、エーデルガルトの秘裂を撫で上げる。そこはしとどに濡れ、指には透明な蜜が絡みついた。
「……言わないで」
 彼女は枕に顔を突っ伏した。結い上げている髪を解く暇を惜しみ、露わになっている耳までが朱に染まっている。
「事実を言ったまでですよ」
「……ほんっとうに、意地悪ね」

 半分だけ顔を上げ、エーデルガルトは男を睨み上げた。だが、それも二人の間の戯れである。彼女が本気で怒っているわけではないことは従者には明らかだった。
「あんっ――、ん……っ!」
 秘唇のあわいを撫でていた指先が、そっと蜜壷に差し入れられた。大した抵抗もなく、彼女の膣内なかは男を迎え入れた。それどころか、より奥へ奥へと引き込もうとさえしている。

「簡単に指一本を呑み込んでしまいましたな」
 ヒューベルトは秘部をじっと見つめながら、ゆっくりと指を抜き差しした。特に、腹の側のざらりとしたところは彼女が一際感じるところで、そこを丁寧に愛撫する。内側の愛撫ばかりでなく、強く感じる視線がエーデルガルトの裡の熱を高めていく。
「あっ、あっ、あっ――! ヒュー、ベル、ト……、貴方のを……ちょうだい。貴方のが、欲しいの……」
 いつもなら簡単に口にすることの出来ない要求が口をついて出る。それほどまでに身体が渇望していた。

「ですが、いつものように馴らしませんと」
「お願いよ……」
「わかりました。――実のところ、私も貴方様が欲しくてたまらない」
 己の欲を隠すことが上手い男が、赤裸々に自分を欲している。そのことだけで、彼の指を受け入れているところが疼く。
 従者に手を引かれて、エーデルガルトは寝台の上に座している彼と向かい合う。そして、自らの秘所に男の昂ぶりを宛がった。

「あんっ……」
「まだ入ってもいませんよ」
 からかうような声も気にならない。屹立が秘唇を掠めただけで身体が歓喜に震えるのだ。
「あっ、貴方のが――」
 ゆっくりと腰を落とすと固く勃ち上がった陰茎がやわらかな膣壁を擦りながら中へと侵入していく。
「うっ、……はぁっ――。貴方様の膣内がきゅうきゅうに締め付けてきますな」
「貴方のだって、いつもより――」
 そんなことを言い合っているうちに、男の先端がエーデルガルトの最奥を突いた。その瞬間、ヒューベルトの腰がぶるりと震えた。

れただけで、達してしまいそうです、な――」
 エーデルガルトもまた、自身の胎の裡にいる男の存在を感じていた。自分の鼓動なのか、それとも裡にいる存在の脈動なのか、高まった熱の行き場がなく、持て余しているのだった。
「ねえ、ヒューベルト。手を」
「手、ですか?」

 二人は掌と掌とを合わせる。当然のことながらヒューベルトの手の方がはるかに大きい。
 エーデルガルトが男の指に自身の指を絡めていくと、彼もまた同じことをした。
「今日は何日だかわかっている?」
 互いの手を握り合ったり、指先で撫で擦ったり、戯れ合いながら、おもむろにエーデルガルトが口を開いた。

「大樹の節十七の日ですな」
「何故そんなに素っ気ないのかしら。貴方の誕生日だというのに」
「ただ一つ年を重ねただけでしょう」
 ヒューベルトの口元が笑みを刻む。だが、それはいつもの冷笑ではなかった。

「貴方様自身が私への誕生日の贈り物――というわけですかな?」
「……貴方にとって特別な日に貴方と二人きり、こうして過ごしたかったのよ」
「私にとって誕生日など他の日となんら変わりありません」
 そこで彼は一旦言葉を切った。そして、エーデルガルトが何か言い返す前にもう一度口を開く。
「ですが、貴方様と過ごす今宵――いや、この五日間は私にとって特別な日ですよ」

「ヒューベルト……」
 そうして、二人は目と目を合わせると、自然と吸い寄せられるように口づけを交わしたのであった。
「ぅふっ……、はぁっ。――んっ」
 触れ合った唇と繋がり合った秘所を結び、快感が駆け抜けていく。
「ヒューベルト、私……」
 男の耳元に唇を寄せ、エーデルガルトは囁いた。

「気持ちが良すぎて、どうにかなってしまいそう」
 恥ずかしさのあまりひどく抑えた声になってしまったが、ヒューベルトの耳は確かに捉えた。
「私もです、エーデルガルト様。――ところで」
「何?」
「そろそろ、動いてもよろしいですかな?」
 エーデルガルトが小さく頷くと、ヒューベルトはゆるやかに動き出し、腰を突き上げた。

 最初の波はすぐに訪れた。
「あ、あ、あ――ッ!」
 エーデルガルトの唇から嬌声が迸る。ヒューベルトは主の肢体を寝台に横たえ、陰茎を彼女の胎内から引き抜こうとした。そうはさせまいとでもいうのか、やわらかな膣壁が絡みついてきたが、すんでのところで抜き放った。それと同時に彼は熱い飛沫を放ち、エーデルガルトはふわりと自身の身体が浮かび上がるような感覚を覚えたのだった。

「あ、いま、の……は……」
 夢から醒めたような表情で、エーデルガルトが身を起こした。そして、あることに気がついてかすかな笑いを漏らした。
「貴方、達したばかりなのに、まだ……」
 そこには男の昂ぶりがいまだ存在を主張していた。

「エーデルガルト様、何を――」
「なにほって、はなたのねつをしるめてあへるわ」
 ヒューベルトが止める間もなく、彼女はいまだ白濁にまみれた屹立を呑み込んだのである。
「私を咥えたまましゃべらないでいただけますかな」
「わはったわ」
「……ですから」
 エーデルガルトは悪戯っぽい笑みを浮かべて、一度ヒューベルトを見上げた後は、唇を、舌を使って彼自身を愛撫することに没頭した。

 次の波もすぐにやってきた。
 彼女の喉奥に熱い飛沫が叩き付けられる。
「……」
「……ふふっ」
 唇の端から零れ落ちた白濁を舐め取り、少しだけ眉根を寄せた後にエーデルガルトは微笑んだ。その向かいではヒューベルトが気まずそうな表情を浮かべている。
 立て続けに熱を放ちながらも、彼の昂ぶりは一向に収まる様子がない。

「貴方だけじゃないわ。私だってまだまだ貴方が足りないの。ここが疼いて、貴方が欲しいって言っているわ」
 エーデルガルトは自分の平らかな腹を撫でてると、蠱惑的にきらめく眼差しを向けた。
「ねえ、来て」
 彼女は褥に横たわると、ヒューベルトに向けて手を差し伸べた。彼はその手をとって口づけると、その上に覆い被さった。
「最後まで付き合って貰うわ。今日という日は……いいえ、私達の特別な日はまだまだ長いのだもの。ね?」
「ええ、もちろんです」